①個人の青色申告用の会計ソフトに「事業主貸」、「事業主借」という勘定科目がありますが、何に使うのでしょうか。

「事業主貸」「事業主借」

個人の事業用の会計ソフトには、「事業主貸(じぎょうぬしかし)」、「事業主借(じぎょうぬしがり)」という勘定科目があり、貸借対照表科目のそれぞれ「貸方」、「借方」に用意されています。

また、税務署に提出する個人の青色決算書(一般用、不動産用、農業用の全て)には、貸借対照表のページがあり、その下の方の左側(借方)に「事業主貸」が、右側(貸方)に「事業主借」が印字されています。
誰もが疑問に思う勘定科目です。
簿記の勉強をされた方でも分からないのは当然ですのでご安心ください。
私の手元にある簿記3級のテキストでは、「引出金」勘定と「元入金」(「資本金」で説明しているテキストもあります)の勘定で説明されていました。
「引出金」は、期中に事業主が生活費などに使用するため現金や預金を引出した際、この「引出金」勘定で処理しておき、期末にその残高を資本金(実務では通常「資本金」勘定は使わず「元入金」勘定を使用します)に振替えるというものです。したがって、「引出金」勘定は、期中にしか存在しません。
会計ソフトを見てみると、「引出金」という勘定科目は用意されいないようです。「引出金」の代わりに「事業主貸」「事業主借」勘定が用意されていると考えた方が理解が早いと思います。
簿記で習うときには「引出金」、税務(確定申告)では「事業主貸」と「事業主借」ということでしょう。

「事業主貸」勘定は資産科目、「事業主借」は負債科目に表示されます。

したがって、「事業主貸」「事業主借」勘定は損益(利益)に影響しない科目であります。
このことから、一言で言えば「事業の所得を計算する際、入出金に伴い、経費にならないものや、収益にならないものを除外したい時に使うほか、事業主が経費を立替えて支払った場合、売上を記帳していなかった場合など、入出金を伴わない場合に、経費となるものや、収益になるものを受け入れたいときに使用する勘定科目」ということになると考えます。

簿記は「事業所得」の利益や財産状況を計算するために行うのですが、個人事業の場合には、事業主に対する給料が認められていないことから、どうしても生活費の引出しが発生します。また預金には「利子所得」に該当する利子の入金が発生します。ほかにも、事業用の車輌の下取りや売却などの「譲渡所得」に該当する取引が発生します。
個人の事業所得の計算においては、 「事業主貸」「事業主借」勘定は損益(利益)に影響しない という性質を利用して、経費と認められない生活費の処理や、事業所得ではない「利子所得」や「譲渡所得」の要因となる取引を事業所得の計算から除外するという目的に利用されています。

一方で、法人所得はというと、個人所得のように「事業所得」や「利子所得」、「譲渡所得」等々の区分はなく、全所得を1つで計算することから、「事業主貸」「事業主借」という勘定科目は使いません。
事業主(?)である役員には役員報酬という給料が支払われ、事業主=役員(?)からの借入金は役員借入金として処理されるからです。
どうでしょうか、「事業主貸」「事業主借」勘定の存在意義がご理解いただけたでしょうか。

簿記3級の勉強においては、個人所得の経理処理を中心に勉強しており、簿記2級の勉強では法人の経理処理を中心に勉強することになります。
そして簿記3級の「資本金」の項目で、「引出金」と「元入金」を勉強するだけです。
その例題も、生活費として引出した・・・とか、経費として認められない所得税を支払った・・・とか、ごく簡単な例が取り上げられているだけで、他の所得区分に属する収入が入金されたとか、源泉税が差引かれて入金された等の例がないことと、確定申告では「引出金」勘定を使わずに、「事業主貸」「事業主借」勘定を使うということが教えられていないために、なかなか理解されないのだと思います。

「引出金」と異なる点は

「引出金」と異なる点は、「引出金」は借方、貸方双方とも同一科目を使用するのに対し、借方科目として「事業主貸」を、貸方科目として「事業主借」を別々に使用するのです。
また、簿記では生活費を例に解説していますが、実務ではこれ以外にも、さまざまな理由で「事業主貸」「事業主借」勘定を使用しています。
なぜ、会計ソフトで「引出金」勘定を使わずに「事業主貸」「事業主借」勘定を使うのか、まだ勉強不足ですが、所得税の決算書に固定文字で記入されていることから、所得税の勘定科目に合わせたのではないかと思います。また、多くの会計ソフトにおいても「事業主貸」「事業主借」という勘定で最初から設定されています。
会計事務所によっては、「事業主貸」、「事業主借」の2つの勘定科目をまとめて、「事業主勘定」という1つの勘定科目で処理しているところも多くあります(この場合は「引出金」勘定と同じ使用方法になります。いづれも貸借科目であり損益科目ではない)。
この場合、決算時に借方、貸方のどちらに残高があるかにより、決算書の作成においては 「事業主貸」、「事業主借」のどちらかに記入することになります。

大事なことは、「事業主貸」、「事業主借」、「事業主勘定」、「引出金」、「元入金」はいずれも貸借科目であり、損益(所得)には影響しない科目であるということです。
この性質を利用して、事業に関係のない入出金をこの科目で処理することによって、現金出納帳の残高や、預金の残高を一致させることができるのです。考えてみれば、個人の所得を複式簿記で処理する際には絶対必要な科目であり、かつ、 とても便利な科目なのです。

ところで、個人で記帳をする際には、皆さんが、事業用の現金や預金と、生活用の現金や預金とをなるべく分けて管理していると思います。(以下、現金や預金のことを「現預金」と表現します)
そして、事業用の現預金の動きから、取引を記帳していると思います。
しかし、事業用の現預金から支出しているのは、全て事業用の経費でしょうか。
少なくとも事業主の生活費を支出しているのではないでしょうか。商売で稼いで生活費に充てることは当然なのですから・・・。

・・・私がお客様に説明する際によく使用する例えです。
「事業している自分」と「生活している自分」が2人いると想像してください

【生活費を引き出した】

「事業している自分」の普通預金から「生活している自分」に生活費として10万円を支出した場合には、「生活している自分(事業主)」に貸した」と考えます。

事業主貸 10万円 / 普通預金 10万円

事業用の普通預金の残高が10万円減少したが、生活費は経費として認められません。そこで「事業主貸」という損益に影響しない科目を相手勘定にするのです。

【事業資金が不足した】

逆に、事業資金が不足して、生活用の貯金から50万円を事業用の普通預金に移したケースでは、 「生活している自分(事業主)」から「事業している自分」が借りたと考えます。

普通預金 50万円 / 事業主借 50万円

事業用の普通預金が50万円増えているので、記帳しないと預金残高が一致しませんから、当然に普通預金を50万円増やします。普通預金が増えた理由は、収益ではありませんので、損益に影響しない「事業主借」勘定を使用します。

【自分の財布から経費を支払った】

私も会計事務所を経営する個人事業主ですが、日曜日に事務所で使う事務用品など(仮に2千円)をポケットの財布(生活用の財布)から支払って買ってくることがあります。・・・このような場合にも「事業主借」勘定が使われます。
この場合には、 「生活している自分(事業主)」から「事業している自分」が現金を借り、直ちに事務用品を購入したと考えます。

事務用品費 2千円 / 事業主借 2千円

事業用の経費ですから経費科目の「事務用消耗品費」を計上します。相手勘定を「現金」としてしまうと、現金残高と現金の帳簿残高が一致しません。「生活している自分」から借りたとして処理します。

【生活使用分の経費を精算した】

車は主に事業用に使っていますいが、ガソリン代は全額事業用の経費に計上しています(年間30万円)ので、決算時にはそこから例えば1割(3万円)を差引いて残り9割(27万円)を経費として申告するようにしています。

1年間合計で

車輌費 30万円 / 普通預金 30万円

と仕訳されているはずです。これだと3万円が多く経費に計上されていることになりますので、期末(個人は12月31日)に決算整理として

事業主貸 3万円 / 車輌費 3万円

と処理することにより、借方(費用)に27万円が残り、3万円は「生活している自分」が使ったことになります。

【他の所得区分の入金や出金があった】

所得税の種類として配当所得、譲渡所得や一時所得などがありますが、事業用の預金にそれらの入出金が計上されることがあります。
例えば、事業用の機械や車輌を新しい機械や車輌(仮に100万円)の下取り(仮に15万円で売れ、下取に出した車輌の未償却残高が2万円だった)に出すケースがありますが、この場合は事業所得に含めて計算するのではなく、譲渡所得として申告するため、事業主勘定を使用して、事業の経理から抜き出す必要があります。

車両運搬具 100万円 / 普通預金  85万円
/ 事業主借  15万円 (譲渡所得の譲渡価格になります)
事業主貸    2万円 / 車輌運搬具 2万円 (譲渡所得の取得価格になります)

この処理を行って、事業所得の計算から、譲渡価格と取得価格の金額を抜き出したうえで、確定申告時に総合譲渡として15万円-2万円=13万円を申告するのです。

以上説明してきたように、全ての入出金が事業の取引であれば、「事業主貸」、「事業主借」を使う必要はないのですが、絶対と言っていい程、この勘定を使わなければ正しい処理ができません。以下、これらの勘定を使って処理すべき例を示しますので、次のQ&Aを参考にしてください。なお、事例が重複しているものがありますが、再確認の意味でご覧ください。

<お詫び>
くどくどと、同じような文章がありますが、本当に、「事業主貸」「事業主借」勘定の処理で悩んでいる方が多く、いつも当ホームページの検索項目の上位に入っていますし、このQ&Aが一番読まれているようです。一人でも多くの方の問題解決と理解に役立てて頂きたく、文章を挿入している関係上、読みににくくなっております。後日、時間があるときに校正を行う予定ですが、いろいろな表現があった方がニュアンスが伝わるのではないかとも考えております。

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